企業進化論〈57〉株式会社 神田酪農[2019年3月号]

株式会社 神田酪農

今の時代に適応した酪農にしなければ、先はない。

株式会社 神田酪農
代表取締役 神田豊広
ゼネラルマネージャー 神田和代(下越南支部会員)

住所:阿賀野市六野瀬331
事業内容:生乳生産並びに販売、やすだ愛情牛乳を使ったジェラートの製造並びに販売
創業:1920年(大正9年)2014年法人化
従業員数:3名
パート・アルバイト:酪農部門1名 ジェラート部門9名

神田酪農の歴史と自身の生い立ち

 神田酪農は阿賀野市六野瀬(安田地区)にあり阿賀野川の上流から吹く強い風の影響で、農作物が育ちにくく苦労していたところ、「牧草なら育てられるのでは」という考えから酪農が始まり、新潟県酪農発祥の地となったといわれています。 大正9年六野瀬畜牛組合が設立され、小野里組合長の片腕となって働いたのが祖父の神田豊松です。祖父は、乳牛の飼育に情熱を捧げ、乳牛の分娩や病気の治療などにも携わり「牛の神様」と云われていました。

 その後、父の豊三が受け継ぎました。

 2020年には創業100年になる神田酪農の3代目となった私ですが、子供の頃は、夕方のテレビも見れずに手伝いをさせられていたことは嫌な思い出だったと認識しています(笑)。

 高校も普通科に進学し、その先の進路を選ぶ際、特にやりたいこともなかったという理由で酪農を学ぶため北海道の短期大学に進学しました。後継者候補や獣医師を目指す同世代の中で普通科出身の私は「神田君は何も知らないんだね。」とよく言われましたが、寮生活をする事で酪農の勉強以外にも知らなかったことを沢山学び合うことが出来、充実した学生生活でした。

神田酪農 乳牛さん 短大を卒業後、根室で半年ほど実習を行っていると、「家を建て替えるから帰ってこい」と呼び戻されました。家に戻ると酪農組合(酪農家から牛乳を買い取ったり、その他サポート等をする組織)からお願いされて各酪農家から集乳するトラックドライバーの仕事をしながら、家業の手伝いをしていました。その後、神田酪農に入ります。

厳しい業界の中で取り組んだ変化

 私が新潟に戻ってきた頃、世の中はバブルの崩壊から景気が落ち込んでいました。元々弱ってきていた業界の中で、「この先どうなるのかわからない」と強く思うようになります。しかし、自分で考えたことは父の考えとは合わず、仕事に対し意見がぶつかっていました。組合の会員にも、年の近い者がおらず、相談する相手も中々いない状況でした。

神田酪農 風景 平成15年、知り合いから異業種交流の集まりの誘いを受け、勉強会に参加します。そこで、経営指針というものを知り、全くの知識ゼロから経営指針をつくる勉強会に参加しました。これからのこと、10年後のこと等を真剣に考え、【大きな愛情をもって乳牛を育て、とってもおいしい愛情牛乳をお客様に提供すること】という経営理念が出来ました。

 その後、オリジナルブランドの牛乳を販売について考え、メーカーなどに相談へ行きます。しかし、作ることばかりに想いを注ぎ考えていたところ、売り先がないと取り扱うことはできないと言われました。ところが、少ししてメーカーから、「今オリジナルブランドを販売している農家さんが酪農をやめるから、そこの代わりにやりませんか?」と連絡がありました。それがきっかけで、販売元亀田牛乳有限会社と相談し経営理念から名前を取って、オリジナルブランド「やすだ愛情牛乳」を販売することが出来るようになりました。情報発信の大切さを思い知った時でもありました。

オリジナルブランド「やすだ愛情牛乳」 生乳(搾りたての牛乳)は、毎日とれた量を酪農組合に買い取ってもらうというのが一般的なシステムです。元々のブランドが宅配販売をメインにやっていたため、毎日の販売量がある程度予測でき、今まで通りの毎日の生産量の中で、その量の分だけ製品を作り、残りは他の牛乳と合乳してもらうということが出来た、という点がこの販売を成功させる大きなポイントでした。ただ取引形態が面倒でこんな事をしているのは県内では弊社だけです。

神田酪農の新たな形

愛情牛乳を使った玄米茶ジェラート 現在は、生乳生産、オリジナルブランド「やすだ愛情牛乳」の販売、当社の牛乳を使用したジェラート・ソフトクリームの販売を行っております。牛舎には、子牛を含め78頭がいます。ジェラートは、阿賀野市の安田瓦ロードフェスティバルというイベントに何か売り物を出さないかと打診をされたことがきっかけに作り始めました。初めは、イベント用の商品だったため、ジェラートとスムージーの試作レシピを作り、それをジェラート屋さんに作ってもらっていました。いざイベントで販売をしてみると好評で、お客様からいろんな声を頂きました。その中で「牛乳は苦手で飲めないけど、これなら食べられる」という感想がありました。それがとてもうれしかったんです。今まで牛乳を飲めなかった人が、ほとんど牛乳でできているこの商品(ジェラート)を食べてくれて、美味しいと言ってくれる。今まで勧められてもイマイチ魅力を感じなかったことに、「これってすごいことだな」と思いました。周りからの進めと協力をいただき牛舎敷地内にミルクパスポート(酪農の入り口)という意味から「みるぱす」という店舗を作り販売を開始しました。計画時は牛舎敷地内に店舗を出すことは止めたほうがいいと言われました。もっと立地条件の良い所がいいのでは・・・?実際、お客様から「アイスを食べに来たのに牛舎の横で少しがっかり。」と言われることもありました。ですが、それ以上に、「牛乳がどこでできているのか、どういう仕組みで出荷されるのかということを知ってもらいたい」という気持ちがありました。牛舎を一部公開し、体験活動や課外授業の受け入れを行っているのは、そういった想いがあるからです。今は、妹の神田和代ゼネラルマネージャーに代表をしてもらっています。昨年オープンした阿賀野市の瓦テラスにも関わっております。

時代に適応した酪農を

 酪農という業界は、歴史ある業界です。しかし、悪く言えば、変化する時代への適応が難しい業界です。労働環境が現代に適応していない状況で、既にこの業界を希望する人は非常に少なく、人手不足になっています。意識を向け、労働環境を整えること、後継者問題にどう取り組んでいくのかということ等、いくつものことを並行して進めていかなければ、未来はないと思っています。世の中の流れは速いので、思ったことはすぐに実行していく。生き抜くための取り組みをしていこうと思います。