企業進化論〈55〉㈱ホテル清風苑[2019年1月号]

㈱ホテル清風苑

旅館の原点を守りながら今年まいた種を創業100年に向け大きな幹に育てていきたい

㈱ホテル清風苑
代表取締役社長 樋口智子(ひぐちさとこ)

住所:新発田市月岡温泉278-2
Tel. 0254-32-2000
Fax. 0254-32-2945
事業内容:観光旅館、ホテル、ブライダル
創業:1928年
社員:125人

歴史を振り返り 私の進学から入社まで

 ホテル清風苑の歴史を振り返って見ますと、私の祖父の鉄次郎と祖母の菊枝が「あけぼの別館」としてスタートし、その後私の父(現在の相談役)清の所に母のヨウが嫁ぎ、商売の方は祖父・祖母・母と数人の従業員で営んでおり、父は教師として教壇に立っていました。母はドラマの細腕繁盛記とでも申しましょうか、父がいない分奮闘し、少しずつ客室を増室して行きました。

 私は父母からは地元にいて欲しいと言われ、また旅館は人手不足でしたので心の中で「母がかわいそう、助けてやりたい」と強く思い、地元短大に進学しました。進学後は月曜日から木曜日までは勉強に勤しみ、新潟の下宿先での生活、金曜日は学校帰りの夕方からアルバイトとして2~3人の友人を連れて旅館の手伝いをしました。

 その後短大を卒業し、ホテル業界に勤務する条件で父母から承諾をもらい、新潟市内のホテルに勤めました。勤めてからも休みの日は家に戻り、旅館の手伝いをしました。若かったから出来たのかもしれません。その後、母から帰って欲しいと頼まれ、「あけぼの別館」に入社しました。当時の収容人数は約120名ぐらいでした。

会社の転換期

 その頃、会社の大きな転換期を迎えました。社名を「あけぼの別館」から「ホテル清風苑」に変更しました。しかし社名変更に伴う備品・設備・宣伝用の各看板等の変更など色々と大変でしたが、当時規模が小さかったので乗り切る事ができました。またTVCMの放映等も行い、1年経って、電話にてほぼ間違える事無く「ホテル清風苑」と言って頂く事が出来、情報化は思っているより早いと当時は感じ驚きました。この事が後で非常に役に立ち、フロント周りのシステム化を進め時間の大幅短縮に繋がりました。

 昭和57年、大勢の方々との出会いの中、設備投資の話から平安亭の設計が始まりました。当時の私の業務は、予約管理・客室や宴会場の割り振り、各種手配とフロント業務の仕事が主でした。また父母から設計の打ち合わせにも入るようにと言われ、そこで自分の意見も取り入れてもらう嬉しさと共に頑張らなければという気持ちと責任が出てきました。

 昭和59年8月8日、平安亭がオープン致し、玄関を温泉街の通りから今の場所に移動し、収容人数は120名から300名へと2倍以上に増え、自分の仕事量もかなり増えました。

 建物の引き渡しが終わり、まず初めに事前に計算していた通りに定員ベースの布団を敷き、宴会場の配膳が入るか?とにかく数字と建物に慣れる事を考え館内を歩きました。

 そして昭和57年に上越新幹線が開通、昭和60年に関越自動車道が全線開通した事で首都圏などからの団体のお客様も訪れるようになり、順調に進んで参りました。

 平成元年10月8日に雅亭をオープン致しました。収容人数も600名と拡大し、客室も92室になり、新たな300畳の宴会場・コンベンションホールも出来ました。まさにバブルの到来でした。仕事も更に忙しくなり、子育ての両立も大変で心の中で子供に謝っていました。人材の確保も大変でした。業界の中では早くに学卒の採用を取り入れて来ました。その頃私は新入社員の教育係も担当していたので、外部のありとあらゆる社員教育についての講演会やセミナーに参加をしました。お陰様で力が付き、非常に感謝しています。その後、社員寮の新築など社員の福利厚生にも力を入れて来ました。

 また、旅行新聞社の全国旅館100選や観光経済新聞社250選の5ツ星の宿にも選ばれ、今でも連続して受賞をうけております。その順位が前年度より上がる事が社員の一つの目標でもあります。

 平成9年には末広亭を新築し、大浴場も新しく建て直し、平成20年には平安亭を一新しました。直後にリーマンショックが襲い、とても厳しい時代を迎えましたが、新たなる設備投資で平安亭の60%の客室を禁煙ルームにした事により個人のお客様の支持を得ることが出来、結果お客様が離れなかった点もあったと思います。当時の旅館での取り組みでは早く、周りには随分驚かれました。

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創業90周年に向けて

 平成30年の創業90周年を、一つの節目として設備投資を3年程前から考えておりました。なんとかこの節目までにやり遂げたい気持ち一杯で、その間、参考になるホテル・旅館があると聞けば宿泊し、図々しく見学もさせてもらいました。段々と私の中でも方向性が固まって行き、そして今回お願いすることなった静岡県の設計事務所の名前が挙がってきました。そして設計事務所の社長とお会いして、この方なら私の想いを受け止めてくれると感じ御願いする事にしました。

 お陰様で創業90周年の平成30年7月30日、雅亭の4階から7階を改修し、4・6階を禁煙ルームにし、最上階7階客室にはラグジュアリーフロア〈GENJI 香〉を新たにオープン致しました。

 当館は、個人でくるお客様のリピーターが多く、お部屋出しにこだわって来ました。今はお部屋出しのサービスを提供する旅館が少なくなっており、当館の基本のサービスが「強み」になっています。今までは、団体のお客様が大半でしたが、時代の流れの中、ネットでの個人のお客様が増えてきており、団体と個人のお客様のより一層の「棲み分け」が必要になってきました。これによって、団体・個人のお客様それぞれが、周りを気にする事なく、ゆったりと過ごしていただけるようになりました。

 旅館の原点を考えた時に「お客様に私たちの宿でゆっくりと癒して頂き、くつろいでもらいたい」という想いに行き着くのです。私たちが、お客様を知り、寄り添い、お料理・温泉・客室の空間を提供する中で、今回のコンセプト「ヒーリング&リラックス(癒しとくつろぎ)」の世界に浸っていただけたらと思っています。

 新しい〈GENJI 香〉という空間が誕生したことで、社員も気持ちがワクワクし表情が明るくなりました。そしてモチベーションも上がってきたのを感じています。社員にも「あなたが、笑顔でいればお客様も笑顔になっていただける」と話しています。それは数字にも結果として出てきました。これで90年目の種は蒔きました。これからはこの種を大きな幹に育て、創業100年に向けて、大切にしてきたおもてなしの心を継続し、良い部分はしっかりと残していきながら、時代ともに新しい宿へと変化していかなければなりません。迷ったら「癒しとくつろぎ」を提供する宿の原点に帰ることだと自分に言い聞かせています。お客様の笑顔を見つつ、社員の笑顔を見つつ、地域にも貢献していきます。

最後に

 月岡温泉は町並みも年々綺麗になり、日本の温泉百選の全国第16位に選ばれております。地域と一体となってお客様を迎えたいと思っております。月岡温泉は湯湯治の温泉地であり、お陰様で平成31年は開湯105年になります。これもひとえに皆様方のお蔭と深く感謝申し上げます。

【㈱ホテル清風苑 代表取締役社長 樋口智子(下越南支部) 記】