企業進化論〈53〉ユニウッド㈱[2018年11月号]

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時代に合わせながら生き残ってきた経験を活かし自社商品を世界的ブランドに育ててみたい。

ユニウッド㈱
代表取締役 佐藤 元平(さとう げんぺい)

住所:村上市三之町4-28
Tel. 0254-52-5205
Fax. 0254-52-5207
事業内容:木製サッシの製造販売
創業:1957年
社員:14名

バブル時代を経験して

 私の父が新潟県村上市において木製建具、家具製造を開始したのは1957年に遡ります。その8年後、村上市三之町に工場を移転し、合資会社丸新製作所として、米国向け輸出家具及び焼杉のなべの蓋、教材用のお琴の製造など、多方面に製造品目を拡大して行きます。

 1972年に工場を村上市古渡路(現工場所在地)に移転、建材ルート向けの木質系住宅機器製造を開始、高度経済成長に向けた量産工場へと歩んで行くことになります。

 1973年に販売会社、株式会社丸新建販を埼玉県川口市に設立し下駄箱、埋め込み収納、室内ドアなど関東を中心に自社ブランド「ユニウッド」として販売を開始しました。

 私が当社に営業として入社したのは1986年日本はバブル真っ盛りの時代でした。「作れば売れる時代...」それから約5年後、バブル崩壊を経験することになります。バブル崩壊から間もなく、私は29歳、村上の工場に戻り、営業から一転、製造の何たるかを勉強することになります。バブル崩壊は徐々に自社ブランドでの製販に影響を及ぼすようになって来ました。建材ルートの市場は大手企業が参入し、当社の規模では売り負けることも多くなり、作れば売れる時代から何を作っても売れない時代を感じ始めていました。当社の商品開発力にも限界を感じ、生産キャパの一部をOEM(他社ブランド生産)へ移行して行くことにしました。

ネットで商機を見いだす

 私は37歳で株式会社丸新製作所の社長に就任致しました。それから間もなく木製サッシの先駆者である方からの勧めもあり、建具製造の社員の中から担当を1人決め木製サッシの製造を開始しました。ちょうどそのころインターネットが世の中に登場し、テレビや雑誌で連日のように「電話やファックスに代わる次世代の媒体」と報じられていました。藁をもつかむ思いでホームページを立ち上げ、しばらくするとポツリポツリと問い合わせのメールが入るようになって来ました。

 ある日のこと、関東の設計事務所の方だったと思いますが、「こんな窓は作って頂けますか」との電話でした。丁寧な言葉使いの問い合わせが新鮮に思えたことを今でも覚えています。製作し納入させて頂いた後も、「こんなすてきな窓を作って頂いて、ありがとうございました」と言うお礼の電話を頂き、これからの物づくりはこれだなとつくづく思いました。今までの大量生産は良い物を作って当たり前、不良が出ればロットアウトが当たり前の世界でした。それが悪いと言っているわけではないのですが、少数派のお客様のニーズに丁寧に応えていくその世界が一発目で好きになりました。また時代も大量生産から多様化の時代に移り変わりはじめていたと思います。

新事業への挑戦

 村上市三之町の土地は工場を現在の場所に移してから空き地になっていました。村上市の住宅街にあり、何か有効利用できないものかと父と話し合っていました。老人介護施設をやってみたらどうかという話を頂き、検討してみることにしました。政府系金融機関の支店長からそういうことであれば良い人を紹介すると言われ、横浜の企業診断士の先生と介護保険ができる前に老人介護施設を立ち上げて経営し、パイオニアとも言える女性社長を紹介頂きました。鎌倉、藤沢周辺に何店舗かの施設を経営しており、その施設をご案内頂き、建物の設計上の注意点や介護職員の採用など、アドバイスを頂きました。これからの介護施設は純粋なサービス業になって行くんだなと思いました。今になってみると介護施設がサービス業はあたりまえのことなのですが...。14年前はそんな感覚だったんだなとつくづく思います。

リブインハーモニー三之町

 帰ってすぐに設計、建設を依頼し、約1年半くらいで「リブインハーモニー三之町」をオープン致しました。

 斜陽産業を経験し、これから需要が高まって行く介護の世界を身をもって経験することが出来ました。生業に固執しすぎてはいけないなと心から思いました。

木製サッシの製造に特化して

 木製サッシの製造は月に何棟分かを受注できるようになって来ていました。この流れに乗って受注を増やすべく、東京ビックサイトで開催されるジャパンホームショーに出品してみることにしました。開催日程は4日間、一日2万人くらいの人が来ていた展示会だと記憶していますが、名刺交換はかなりの数になるのですが、受注につながらないのです。2年目も出てみましたが結果は同じでした。当時はもはや展示会で名刺交換をして資料を送ってもらうより、必要な時にホームページを見る方が主流になっていたのかもしれません。

3年目は展示会に掛ける予算をホームページに回すことにしました。その後、徐々に受注件数は増え、木製サッシ製造に特化していくことになります。

世界で通用するブランドに育てたい

 ある日、当社の取引先の会社で役員をやっていた方から退社したとの連絡が来ました。一度会って話したいということになり、村上までお越し頂き、話しを聞いてみると、前職での経験を活かして新たなブランドを立ち上げたいと言う内容のお話でした。アメリカ広葉樹の代表4樹種ウォールナット、オーク、ブラックチェリー、メイプルを使って木製サッシ室内ドア、キッチン、ガラスパーテーション、家具等を各商品毎に参加会社を募って1つのブランドを立ち上げるというプランでした。会社が集まって営利事業をやることの難しさはわかっているつもりでしたが、木製サッシ単体では商品PRすらむずかしいのに、これだけのメーカーと品揃えがあれば新たな販路も見えてくるかもと思いました。

ショールーム Aria&Aura

 その1年後、西新宿のOZONEにショールームを出し、Aria&Aura というブランドを立ち上げました。ブランド名は「唯一のもののオーラ」という意味です。

 ブランド結成から3年、ブランドを一流ブランドに育て上げるむずかしさを感じている今日この頃ですが、日本の建材業界に本物の木にこだわるブランドが少ないことも幸いしていますが、バブル崩壊後それぞれ生き残りをかけて生き残った会社が想いを同じくして1つのブランドを作ったということが新たなビジネスモデルとして面白いと思っています。

 夢はニューヨークでブランドとして認められることですが、なんか出来そうな気がしています。

【ユニウッド株式会社 代表取締役 佐藤 元平(村上支部) 記】