企業進化論〈51〉切り文字屋オッケイ 株式会社[2018年9月号]

切り文字屋オッケイ 株式会社

経営理念は「楽しい道探検隊!」

切り文字屋オッケイ株式会社
代表取締役 沖野 恵子(おきの けいこ)

住所:燕市新堀2294-3
Tel. 0256-97-5072
Fax. 0256-97-7522
事業内容:カッティングシート、プリントシール、アクリル板、化粧ビスなどの加工販売
創業:2004年
社員:10名

地元を離れた青春時代

 旧燕市で、兄・私・弟の3兄弟で育った私は、地元の中学を卒業後、兄のススメもあって千葉の全寮制の麗澤高校に進みます。モラロジーという道徳教育の学校で、全国各地から集まった同年生と知り合い寮生活の部屋では、先輩後輩と一緒に過ごしました。他県での生活を始める時は兄も居たり、麗澤大学には親戚のお姉さんも在学していたので、親元を離れた寂しさもありましたが心強かったです。入学したての頃は、新潟弁を標準語に直そうと頑張ったりしてましたが大阪弁や、京都の言葉を聴きながら、地元の言葉も大切にしても良いと思ったりしました。実家の有難さを痛感したり、新潟のお米が本当に美味しいんだと実感したのもこの頃でした。

切り文字屋オッケイ誕生まで

 高校を卒業したら、新潟へ戻ってくると思っていた両親の思いとは裏腹に、東京の短大に行きたくて、世田谷の昭和女子大学短期大学部に通う事になります。生活文化学科では、服飾コースで繊維や染色、縫製なども学び、その後(株)ワコールに入社する事ができました。就職した年は、バブル絶頂期で、商品が飛ぶように売れ販売員をしている毎日がとても楽しかったのを覚えています。東京駅、池袋、新宿と駅ビルを2~3年で移動しておりましたが、ふと、私じゃなくても商品を売る販売員さんは沢山いると思った事と、店長さんに「ワコールで働いていると結婚できないぞ!」と言われ、???なんでかなと考えていましたが、確かに収入も安定していて、子育てと仕事の両立が難しい会社なので、定年まで独身で働いている方が多かったのです。

 私は、小さい頃から、結婚をして、優しいお母さんになりたいという気持ちがあったので、2000年になった年に、何の方向性もないまま、会社に退職を申し出ました。両親とも元気だったのですが退職理由は、「親の体の調子が良くないので」と言ったような気がします。そして、新潟に戻りハローワークの失業保険をもらいながらインテリアコーディネーターの勉強をさせてもらいました。図面の書き方や色彩学を学んだり、今の仕事に結びつく内容がありました。

 そこへ通っているある日に、お見合いの話が舞い込み、今の主人と知り合い、1ヶ月で結婚を決め2001年11月に式を挙げました!2002年に長女が生まれるまでの期間にも彫刻師の旦那さまが、本家の叔父と考えが合わず、8割の仕事が0に。その頃は、私の貯金があるから、「なんとかなるよ!」と励まし糸鋸で木製小物を作ったりしてました。

 実際は、その小物が売り上げに繋がるルートは、ほとんど無いので、彫刻刀販売でお世話になってる業者さんが、自分の知り合いにプレゼントするために購入してくれたり、叔母のお菓子屋さんで販売してもらいました。しかし、生活費にあてられる売り上げには繋がらず微々たる金額でした。

 2004年に、主人がバイクレース用のゼッケンを、作る為に持っていたカッティングマシーンを引っ張り出してきました。これを使って何か商品作れないかな?という、本当に「0」からのスタートでした。お金が無いので残っていた黒、白、赤のカッティングシートと、注文が入ったら買う予定の青、黄色、緑の6色で切り文字を作るホームページで販売スタートしました。ページに他のカラーも製作可能と表示して、注文が入る度に少しずつ注文して、色数を増やしていきました。大きなお腹になっても、文字を作ったりする製作は進めていました。徐々に注文も増えて少し作業性が良い20万円のカッティングマシーンを購入して仕事を続けるか、出産も控えているので辞めてしまうか相談しました。主人と高校の同級生が、冬場は仕事が少ないので彫刻業のアルバイトに来てくれていたタイミングもあってその同級生が、「オレも手伝うから、続けようよ!」と言ってくれた事で今の切り文字屋オッケイが13年続く事になりました。

社員の雇用

 2005年1月に次女を出産後は、3ヶ月で復帰を目標にしていましたが長女も2歳になり動き回る状態だったので人を採用しようと募集を始めます。ただ、社員さんを雇用した経験も無いので、面接に来てくれただけで採用!というパターンの時は、その人の向き不向きもあり長くは続く人が居なったのが現実でした。近所の公民館で、ママさん達が集まる会があり手先の器用な方と知り合い、ピアノの先生と平行してパートが出来そうと話が纏まって、9時~15時の勤務をお願いしました。そこからは、どんどん製作してもらえるようになったので事務、見積もりをしてくれる方を募集。この頃から、女性スタッフが増えて、数名で仕事をするようになりました。

 2008年同友会に入会し色んな委員会がある事を知りました。2009年度の新人研修合同入社式の案内FAXが送られていきたので、長年引きこもりだった社員さんと、一緒に参加をしました。当時委員長だった株式会社ウメザワドライ梅澤真一様によくして頂いて大変お世話になりました。あの時の研修に一緒に参加したからこそ、社会復帰して仕事が出来る事で自信がついて、当社の発展にも貢献しています!そして何より嬉しかった事は、働いている中で結婚を考え、実際に結婚相手を見つけ一昨年、長男を出産して幸せな家庭を築いていることです。今年4月には、1年半の育児休暇を経て復帰しました。

2018年8月1日 法人化

イベントの様子1 2018年8月1日 【切り文字屋オッケイ株式会社】として、法人化しました。個性豊かなスタッフ10名の社員さんに恵まれて、楽しい道探検隊!を経営理念に掲げ、お客様の商売繁盛のお手伝いをして行きます。自ら勉強会や興味のあるセミナーに参加して仕事に役立ててます。そして、製作スタッフ中心に展示会装飾ブースラッピングのNEWカタログが仕上がり、これから沢山の方に商品の良さをお伝えしていきたいと思っております。

イベントの様子2 会社敷地内に山羊を飼ったり、釣りが出来る池、お客様さまが気軽に立ち寄れる、縁カウンター内には駄菓子コーナー、秋冬限定になりますが、焼き芋も販売しています。この楽しさをいつも彫刻師である旦那さまがあみ出し、社員さんにも楽しい職場として浸透しています。

 売り上げ目標を達成したら皆でクレープやアイスを食べてお祝いしてます。何よりも、自分の出来る事を探して、どんどん進めてくれる社員さんが居る事で今の切り文字屋オッケイ株式会社が存続しています。

 有限会社京美容室の関原英里子さんから「社員さんの大切な人生の時間を私たちは使わせてもらって、経営をしている」という事を教えてもらいました。その事を日々心に思いならが社員さんと接して行きたいと思っています。自社のお客様に喜んでもらえる商品の提供を続けて社員さんが生き生きと輝ける職場環境にしていきたいと考えています!

【切り文字屋オッケイ株式会社 代表取締役 沖野 恵子(燕支部) 記】