企業進化論〈46〉株式会社 わら竹[2018年4月号]

株式会社 わら竹

人を生かす経営で、百年二百年続く会社に育てていきたい。

株式会社 わら竹
代表取締役 渡辺 明(わたなべ あきら)

住所:村上市小町1-8
Tel.0254-52-5454
事業内容:一般衣類のクリーニング、リネンサプライ
創業:昭和13年/社員数:50名(パート含む)

はじまり

 「クリーニングのわら竹」は私の祖父、幸三が創業しました。それまでは村上の伝統産業「村上木彫堆朱」の彫り師で、幸三の祖父は名工と謳われ、弟子を8人も抱えていました。しかし、その娘のイノは、父の仕事を見てきて、名工と言われている腕を持ってしても商売と考えるとなかなか難しい現実を目にし、息子の幸三には違う仕事をしてもらいたいと考えました。たまたまの縁で、幸三14歳の昭和6年に長岡の「島田洗工場」というクリーニング屋に修行に行かせ、そこで7年修行した後、昭和13年3月に家族でわら竹を創業致しました。自転車で、一軒一軒注文を聞いて回る御用聞きのスタイルです。この方法は現在も行っています。

 ちなみにわら竹の名前は、六代当主の竹蔵がお殿様専用の藁づくりをしていたところから、わら竹というあだ名でみんなから呼ばれており、その名前を使わせていただきました。

家業から会社へ

 3人で始めたわら竹は、少しずつお客様を増やして行きました。途中戦争が始まり、幸三が出兵し、終戦後もシベリアに抑留させられ、帰国できたのは昭和24年となりました。その間を残りの女手2人でわら竹をやり続けたそうです。これらの経験から仕事に復帰した幸三は、これまでの家族だけで行う家業から会社化し、積極的に従業員を雇用。社会保険もいち早く導入し、人を生かす経営に方針転換しました。

 仕事は順調に増えていき、わら竹はドンドン規模を広げ、父の代には商圏は北は山北町(現村上市)から南は中条町(現在の胎内市)までとし、直営店や取次店をつくり計50店としました。同時に職場もこれまでの自宅ではまかなえなくなってしまい、北線に工場を新設(現事務所)しました。

私について

 私は城下町村上の町人町で生まれ育ったので、村上が、また村上のお祭りが小さい時から大好きでした。出来るなら村上に根を下ろしたいとずっと考えていましたので、迷うことなく専門学校を卒業後は、跡を継ぐため東京のクリーニング屋に修行に入りました。修行期間は3年でした。もう少し長く学びたかったのですが、それよりも地元の「七夕まつり」の会長をやりたくて、その会長には年齢制限があったため、3年で帰ってきました。平成4年のことでした。

 他所を見てきた自分には、わら竹のやり方に「もっとこうしたらいいのでは」「こういうアイデアはどうだろう」と色々提案したいことは沢山あったのですが、ことごとく社長とぶつかり反対され、なかなか実現できませんでした。ある時、まだまだ、今のようにコインランドリーがまちに沢山出てくる前、村上でも1店もなかった時代ですが、その時地元のショッピングセンター内にコインランドリーを出店してはどうだろうと社長に提案したのですが、やはり却下されてしまい、どうしてもあきらめきれなかった私は自営として銀行に借金して始めてしまいました。そのお店は今も順調に繁盛していますが、未だに私の個人事業となっています。

私が社長となって

 平成19年1月、いよいよ私は社長になりました。時代はバブル崩壊やリーマンショック後の長い不景気の波のまっただ中です。そして業界的にもスーツやワイシャツなどを着ないライフスタイルの人たちがドンドン増えてきてクリーニングの需要が減ってきている、そんな時代でした。

 私は先代までの合理的優先から品質の維持や向上とサービスの充実に力を入れることにしました。品質やサービスが良ければお客様は離れず利用してくれると思ったからです。

 始めに、これまでの取次店を殆どなくし全て直営店にしました。その理由は、取次店はわら竹の社員ではないので、クリーニングの知識もなくお客さんに十分なアドバイスやサービスを提供できなかったからです。

 そして、直営店でも11時に出せば夕方5時に受け取りに来られる「特急仕上げ」というサービスを開始しました。これはとても受け、これまでウチを利用していなかったお客様を多く獲得をすることが出来ました。

 他にはコインランドリー併設型の直営店も導入しました。通常コインランドリーは無人なところが多いですが、こちらは直営店の人がいるので店内が綺麗で、操作なども教えてくれるということで人気となっています。

 また、全商品を価格そのままで洗濯水にEM菌を入れて洗うことにしました。これにより化学物質に弱い人でもアレルギーが出にくい効果があるのですが、これを知った商圏外の新発田のお客様が、わざわざ利用してくれています。

 他にアイロンがけの折り目が半年くらいまで維持できるサービスも行いました。

 管理面では売り上げ管理や商品管理の統一化とデジタル化を進め、人件費の削減を進めました。

今後の課題

 今この業界は、低価格・低品質の店が一番苦しい経営をしています。

 現在わら竹はパートさんも含め50人以上の社員を抱えていますが、この人たちを守っていくためにも、新しいことをはじめていかなければいけません。

 そのひとつとして、老人介護施設の入所者向けにクリーニングサービス(登録者に限り、着替え下着を自動で受け取りクリーニングする仕組み)を始めたり、一軒一軒注文を受ける営業スタイルを利用して、新たにウォーターサーバーと水をレンタルする「アクアクララ」という新サービスも始めました。また、以前から地元瀬波温泉の旅館と提携してシーツや浴衣のレンタルサービスを行うシステム「リネンサプライ」も行っています。

 今後も同友会をはじめ、同業異業関わらず色々な人との交流から経営のヒントや学びを頂きながら経営に活かしていきたいと考えています。

201804evolution2.jpg わら竹は今年の3月1日に創業80年を迎えました。創業の祖父がいち早く人を生かす経営に切り替えてやって来たおかげだと思っています。その会社を引き継いだ私は今後も広い視点で会社を考え、百年二百年続けられるような会社にしていきたいです。

【㈱わら竹 渡辺 明(村上支部)記】