同友にいがた vol.331[2015年4月号]

素直に学び新しいことに前向きにチャレンジしていきたい。 - 船山 智裕 さん(燕支部) 有限会社フナックス常務取締役 | 同友にいがた vol.331[2015年4月号]

はじめに

同友にいがた vol.331[2015年4月号]弊社は1978年(昭和53年)に、現在の社長である私の父が創業しました。燕市の産業といえば当時から金属製品の製造業が多く、金属製品の金型が圧倒的に多いです。しかし父は当時、静岡のアルミダイカストの金型メーカーに就職、その後は燕市に戻り市内のプラスチック金型メーカーに就職しアルミとプラスチックの両方が出来る金型メーカーとして創業しました。創業当時は他の金型メーカーの下請けや地場の日用品の金型を作っていました。私は物心がついた時から1階が工場で2階が住宅という環境で中学生まで過ごしていました。父は毎日休みなく遅くまで働いていましたが、仕事の愚痴を私たちの前で言ったことがないということもあってか、父の会社に入って一緒に仕事をしたいと自然に思うようになっていました。

私は大学を卒業後、群馬県太田市のプラスチック金型メーカーで2年間修行し24歳のときに戻りました。今38歳ですので、14年になります。当初は技術も未熟な状態で入社しましたので、父やベテランの社員に教わりながら、毎日忙しく、目の前の仕事をこなしていました。その頃は、父である社長が会社内の段取りをほぼ一人で行っていましたが、仕事の種類も自動車等難しい金型が増えていき、2次元の図面から3次元の図面へと変わっていく中で、徐々に若い社員が増えていき、自然と私や若い社員が中心となって仕事をしていなければいけなくなっていきました。

同友会に入会して

普段の忙しさを言い訳にして経営のことは何もわからずに何年も過ぎていきました。その頃に父の友人から同友会を進められ、2010年に入会させて頂きました。例会に参加するたびに、自分の未熟さを改めて思い知らされ、この会で学んでいこうと決心しました。特に入会してから2 年後に参加した「第19期経営指針を創る会」では、全く他人であるメンターが甘い考えの私を心から心配し、厳しく真剣に、とことん付き合ってくれました。非常に大変な半年でしたが、自分の考え方が変わり、私にとってかけがえのない経験となりました。付き合っていただいたメンターの気持ちに応えて誰よりもよい経営者になりたいと思いました。

そして、メンターとして参加することが恩返しにもなり、成長するチャンスだと思います。近いうちに参加することでまた一歩踏み出したいと思います。

展示会への出展から

同友にいがた vol.331[2015年4月号]同友会に入会したころに始めた事が、展示会への出展でした。当時は弊社のような100%下請けである金型メーカーが展示会に出展するなんて考えられない事でしたが、その数年前から出展をしていた先輩の勧めもあり、これをやれば何かが変わるのではないかと感じ、思い切って出展をしました。燕市の金型メーカーで展示会に出展したのは、多分弊社が初めてだと思います。

出るからには新規顧客を増やそうと、試行錯誤し必死にアピールしますが結果が出ません。「他のメーカーとどこが違うのか?何が得意なのか?」というお客様の問いにも明確に答えられずに、弊社の存在意義がわからなくなっていきました。先輩からは「すぐには結果なんて出ないものだ。5年間は出続けろ」と言われましたが、出展することで負担をかけている社員には申し訳がなく、何も変わらないことに焦りばかりが増えていきました。

そのうち、ブースに来てくれるお客様との会話の中に、非常に多くのヒントがあることに気が付きました。仕事はなかなか決まりませんでしたが、弊社の課題が何なのかがわかるようになっていきました。その中でも「金型ではなく最終製品が欲しい」という要望に応える為に、金型にプラスチックを流し込む為の成型機の導入の必要性を強く感じるようになっていきました。ただし、今まで成型メーカーから仕事をもらっていましたので、この設備を入れるということは、その成型メーカーの競合相手と見られ、念願だった自社製品の開発仕事が無くなる可能性もありました。

しかし、成型メーカーからの仕事量がどんどん減少していたこともあり、成型メーカーの邪魔をせず、彼らの嫌がる小ロットや金型の試作をするために、そして新規顧客の獲得のツールとして導入をすることにしました。

導入をきっかけに展示会での新規受注ができるようになり、また、数の多い成型を受注した時は成型メーカーにお願いすることで、お互いに仕事をやり取りできる関係になることが出来てきました。また、既存のお客様の金型に関しても問題だった運送費用が、社内で試作成型をすることで、金型の往復が減り時間が短縮でき受注増、生産増にも繋がっています。

念願だった自社製品の開発

同友にいがた vol.331[2015年4月号]昨年、念願だった自社製品の開発を行いました。これは 100%受注生産だった仕事内容を少しでも変えて行きたいという気持ちからでした。 何を作るか模索していたところ、2012年2月に出展した展示会に同じく出展していた川崎市の企業と知り合う事ができました。そこでは竹を配合したプラスチックを開発し、自社でも様々な商品を販売しているメーカーでした。

何度か足を運んでお話を伺っていたところ、竹ではなく、どんな植物でも混ぜることが出来ることがわかりました。そこで、新潟で有名な 笹団子の笹を思いつき、ご当地プラスチックを創るべく開発の協力をお願いしました。

製作するものは出産祝いに使える子供用の食 器セットにしました。陶器やガラスは危ないということで、安い中国製のプラスチック製の食器を使っていた自分の子供たちを見て、彼らに安心安全な食器を使ってもらいたいという想いからでした。

まずは笹の入手先を探しました。役所や農協に聞いても、そのような大量の笹を扱うところがありませんでした。そこで同友会の会員に相談したところ、村上市の笹農家を紹介して頂きました。そこで、本来なら廃棄する規格外の笹を安く提供して頂けることになりました。なんとかプラスチックの開発が出来、抗菌作用も検査機関に調べていただき、その結果、大腸菌と黄色ブドウ球菌が激減するということがわかりました。

その間にも食器のデザインをデザイナーにお願いしたり、パンフレットを作ったりと、沢山の人に出会い、協力して頂き、貴重な経験をした6ヶ月間でした。人と人との繋がり方で可能性は無限に広がることを強く感じました。

今はまだ、デザインをしていただいた雑貨店とWEBでの販売しかしていないので、今後、展示会等に積極的に出て販路拡大を目指しこの素材の魅力を発信していきたいと思います。この笹配合のプラスチックが新潟の産業に役立つ素材になれるよう頑張りたいと思います。

素直に学び、新しいことに前向きにチャレンジしていきたい

2年前に参加した同友会主催の立教大学経済学部教授の山口先生の講義で大変感銘を受け、すぐに先生の主催するセミナーに1年間参加しました。そこでは「隣接異業種」「売り上げの5%」という言葉がよく出てきました。これは新規事業の考え方の1つですが、全く違う業種ではうまくいかないですし、投資する金額が多ければリスクが大きく、少なすぎても成り立たない。5%がちょうど良い。そして必ず5年は続けること。といった内容でした。これはこれからも実践し挑戦していきたいと思います。

今後も素直に学び、新しいことに前向きに、そして柔軟な発想でチャレンジし続け従業員やお客様、地域にとってかけがえのない会社にしていきたいと思います。

<有限会社フナックス常務取締役 船山 智裕 さん(燕支部)記>


取材班がみつけた会社の横顔(1)

同友にいがた vol.331[2015年4月号]工場を案内して貰うと、金型を作る大きな機械が沢山動いていて、まさにものづくりの現場!という空気に圧倒されました。普段お店に並んだ商品しか見る機会のない私にとって、製品が出来上がっていく様は驚きに満ちています。

機械の間を縫うように歩いていくうちに、他にも必ず視野に入ってくる物が...。"ダルマス トーブ" です。ここにも!そこにも!あっちにも!オレンジ色の火が暖かそうに燃えています。「社員さんが風邪ひかないように、暖かくしてあげようと思って」と船山さん。社員さんへのいたわりを感じさせる横顔でした。

<株式会社吉田工業 吉田 加奈子(燕支部) 記>


取材班がみつけた会社の横顔(2)

同友にいがた vol.331[2015年4月号]フナックスさんの工場内には色々な機械があって、いろんな製品が出来上がる工程を見せてもらってとてもわくわくしました!

右に曲がって左に曲がって上に上がるみたいな、ものすごい複雑な形をしたものが、しかも型枠なので仕上がりの正反対のものをイメージしながら作り上げなければいけない設計士さんや、機械と手作業で百分の1ミリの世界を作り上げていく職人さんの技術に、「すごいな!」と言う言葉しか出ませんでした。

でも一番驚いたのは、プラスチック金型の工場に行った時のこと。なんと従業員が全くいないのです。機械が静かに黙々と稼働しているだけ。ちょっと未来の工場の姿を見たような気がしました。

<印刷&WEB エム・プリント 石田 光和(村上支部) 記>

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